ゼロの響き
迷子の足音消えた 代わりに祈りの唄を
そこで炎になるのだろう 続く者の灯火に
絶望的なまでに正しい世界の中で、傷つきながらも名前を呼び合うことしかできない二人。
そのある種の退廃的で異国情緒なサウンドと、戦争や災害、その他の人間にはどうしようもできないような悲劇を重ねたラヴソング*1。
名前とは一種の記号なわけですが、その人の象徴であり、存在の証です。
退廃的とは言いましたが、厭世的ではありません。諦めの感情があったとしても、泥濘の上でもがいていても、それでも、死ぬまで一緒に歩いていこう、という祈りの唄です。
死ぬまでなんて嘘みたいな事を 本気で思うのは
生きている君に 僕はこうして出会えたんだから
人によっては前向きとは言えないかもしれないですね。
BUMPはいつでも*2こういう姿勢なのでしょうがないです。
そして自分はBUMPのそういうところが大好きです。
そんな「ゼロ」の最初のコード進行、実は面白いものが隠れています。
異国情緒なサウンドとして、チャーチ・モード=教会旋法というものがあります。
なかでもドリアン・スケールは短調が基本ではありますが、陰惨とせず、どことなく寂しく素朴に聞こえます。
その正体は、音階の第6音目、この譜例でいうとB(♮)の音であり、短音階と比べて半音上がっています。
和声でいうと、Ⅳ度の和音が長調の響きとなります。いわゆるドリアのⅣ度(+Ⅳ)というやつです。スケール関係なく、この和音が短調の中に使われることで、雲の隙間から光が降るような浮遊感を得られる響きとなります。
このスケールは一瞬にして独特の世界観を形成します。民族的な香りも匂わせるため、雰囲気を固定したくない場合にはあまり使われません。
使用例としては映画『風の谷のナウシカ』から「風の伝説」。
序奏のあと、ピアノで奏でられるテーマはまさにこの特徴が一番分かりやすい曲です。楽器選択とも相まって、すごく郷愁や寂寥感がありますね。
久石譲-風の谷のナウシカ (風の伝説)
風の谷のナウシカ / Nausicaa of the Valley of the Wind - 久石 譲
他にもゲーム音楽の名曲、スーパーマリオRPGより「森のキノコにご用心」。
これも4拍目に来て突如長調の和音が鳴ることで、何とも言い難い森の中の侘しさが醸されています。
【スーパーマリオRPG】 BGM 28 『森のキノコにご用心』
J-POPにも用例がなくはないのですが、マイナーキーの曲と思われていても実質はメジャーキーと捉えた方が説明しやすいものも多いです。なぜかというと、俗にいう「王道進行(Ⅳ-Ⅴ-Ⅲ-Ⅵ)」や「小室コード(Ⅵ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰ)」といった、あくまで着地点がマイナーコードなだけで和声の機能としては完全に長調によっているものがすごく多いからです。
上記の進行ではありませんが、A→G→F♯→Fというベースの進行を基本とした流れの経過和音という要素が強いため、あまりドリアンっぽくは聞こえません。
間奏部分にFm→B♭という進行があり、曲全体もFmコードが中心です。しかし、他のコードとの並び的にE♭キーの要素が強いため、ドリアンよりはツーファイブと捉えた方が雰囲気としては合っているように感じます。
Aメロとサビにて、並びだけ見るとGmキーの中でCコードが扱われているように思えますが、特にサビの方は完全に小室コードですので、B♭キーとみるのが妥当です。そのため、ドリアン・スケールを用いながら演奏効果としてはリディアン・スケールに近く、すごく明るく浮ついた表情となります。
もちろん全部の曲を知っているわけではないので、知らない曲でも用例はあると思うのですが、いわゆるドリア調の響き、としてそのままこのコード進行を使っている「ゼロ」は結構珍しいです。
(オンコードを無視した)コード進行としては、
Am-G-D-F-Am-G-FM7-Em7
Am-G-D-F6-Dm7-Em7-F
これが冒頭に引用した歌詞の部分の進行*3です。
この部分も実はCキーの要素が強く(事実、サビは完全にCキーとなります)、流れとしては「エロティカ・セブン」と割と同一です。しかし、こちらの方がミディアム・テンポなのと、ギターのアルペジオによってコードが明確であること、Gがドミナントの機能をもつように進行しておらず、Emコードを使った進行があることから、耳がAmキーで捉えてしまう、という仕掛けです。
いわゆるEではなくEmと導音がないため、ドミナント・モーションが形成されず、さらに古風な感じ、民族的な感じが強調されています。
サビでは完全なCキーによるカノン進行の変形が現れて、確然たる対比が行われます。そこには旗がたなびく前奏の面影はなく、鐘の音が鳴り渡って感情を一気に爆発させ、そして曲の終わりにまた戻ってくるこのドリアの響き。
実は藤くんはインタビューでこんなことを言っています。
半音下げのAマイナーのキーなんですけど、そこにDが必ず出てくるみたいな確信もあって。で、やっぱりDは入って、それもだから、入れるぞって入れる感じじゃなくて、『ほらやっぱり入ってた』みたいな感じ。*4
元々、企画書と付いていた設定資料のイラストを見て作曲し始めたようですから、あの西洋ファンタジーと戦争がテーマという雰囲気を見事にセンスで描ききったようです。
「死生観が絡み合って」とインタビューでも言っているように、他のBUMPの曲にはない異様な重さがあります。それはこのゲームのタイアップとしての側面ももちろんあると思いますが、カップリングとしてシングルカットされた「Smile」も忘れてはいけないと思います。
心の場所を忘れたときは 鏡の中に探しにいくよ
ああ ああ
映った人に尋ねるよ
淡々と同じ構成で流れていくこの曲は、言わずもがな、東日本大震災を受けて書かれたものです。
そこには上辺だけの「一人じゃない」「前を向いて」「元気を出して」なんて言葉は一切なく、ただただ今生きていること、肉体があること、ちゃんと心が残っていること、その事実を歌っていきます。
「Smile」自体は義援金のために先行で単独シングルとして発表されましたが、秋に「ゼロ」とカップリングされたとき、この両曲は著しいギャップを生みながら、決して切り離せない関係性を得ました。
空想の物語の上で聴く人に強烈なカタルシスを与える「ゼロ」。
どこまでも静かに現実と今自分の存在があることを訴える「Smile」。
人間が見舞われるどうしようもない一大事へと向き合うこと。その重さをきちんと受け止めたからこそ、正反対の二面性が描かれた曲たちだと思っています。
さあ、もう少しでゲームのストーリーがクリアできるので、もうひとがんばり。
そのとき、また新しく見えてくることがおそらくあるでしょう。